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フック

夕ご飯を食べながら、ちょうどCSでやっていたのでスピルバーグの『フック』を見ていた。
途中から途中までだったので、ジョージ・ルーカスとキャリー・フィッシャーが橋の上でキスしているシーンは見られなくて残念だった。(ふたりともノン・クレヂット)

というわけで、この「なんてヘンテコなんだ!」という大珍作を見ていて、かつてこの映画について


「ピーターパンのいないネバーランドで、ピーターの代わりをしていたルフィオという少年は、ディズニー精神の失われたハリウッドで、ひとりディズニーの代わりをしていたスピルバーグ自身だ」


とどこかに書いたなあ、と思い出す。
そのとき


スピルバーグはネバーランドの掟を破ってルフィオを映画の中で死なせてしまう。永遠に年を取らない、つまりは誰も死なないはずのネバーランドに死を持ち込んでまで、スピルバーグはルフィオという名の自分の分身を消し去らなければならなかった」


なんてことを書いたような気がする。

で、その文章をかつてホームページに載せていたような気がして探してみたけど、コレが見つからない。
まあ、それならそれでいいや、と言いながらもいろいろ検索していたら、

ネットを始めた頃に映画がお好きな方のホームページを見つけて、そこに書かれていることが素敵だったので、「ぜひあなたのページにこれを掲載してください」と無謀にも原稿を送りつけたら、これをちゃんと掲載してくださり、しかもいまもまだそのページが残されている、というありがたい状況であることがわかり、とても嬉しかった。


それは『シンドラーのリスト』についての文章で、ここでぼくは、はじめて公に
「森と砂漠」
あるいは
「映像を絵画のように読み解く」
というアプローチについて長々、長々、長々と綴ったのでした。

これも前は自分のホームページに掲載していたはずだけど、それが消えてしまったので、

もしご興味がおありでしたら(すっごく長いし、言葉足らずで理解不能のところもありますから、よっぽど時間と心に余裕のあるときに)ご覧になってみてください。
《神の原稿をスキャンして文字データに置き換える、という事をしているので、ところどころ、文字認識を間違えて活字化されてます。だからさらに読みにくい。当時のスキャナーの文字認識精度がどの程度だったのか、それはそれで興味深いですけれど》

以下のアドレスでお読みになれます。《PAPA 森の彼方へ》というタイトルです。


   ↓
http://www.asahi-net.or.jp/~uz9y-ab/papa1.htm


いまはこんな文章を書こうという気はないけどね。