イカでいい

という歌詞のある歌があって。

肴はあぶったイカでいい

って奴ね。

それを「でいい」というのはイカさんに失礼じゃないか。「イカがいい」と何故言えない! とおっしゃる人がいて、それをなんとなく覚えていたので

今回の引っ越しの時、ぼくがテーマとしたのは「ここでいい」じゃなく「ここがいい」という場所にしましょう、ということだった。
なので妻さんと息子君に「もちろん予算の範囲でだけど、それでも、ここでいいではなく、ここがいいという場所を探してね」と言っていた。

そうしたら、本当に二人揃って「ここがいい」と言う物件をみつけてきたので、「それじゃ、そこに」とぼく自身は現地の内見もしないまま、不動産屋さんに行って、申し込んだのでした。
その物件、入居者の審査が厳しいというので「一流企業でもない浮き草稼業だから、まあ無理だろう」と思いつつも、「ここがいい」という物件は待てば必ず見つかるさ、とボンヤリ思い続けてた。
だって「ここがいい」に住むのだ、と決めたんだから、そう言う方向に物事が進むのは当然のことであろう、と感じていたわけです。
ここら辺、「自分で決めたんだから、そうなる」というある種の思い込みが必要。

案の定、審査に落っこちて、じゃあ、別の物件、「とりあえずここでいい」というところにしちゃおうか、なんて話も家族の中で出たんだけど、その時点で「ここでいい」物件は借り手がついてしまった。

さあ、どうしましょう。
となったとき、不動産屋さんの若いお兄ちゃん、「ぼくにまかせてください。もう一度プッシュします!」と言ってくれる。
「このご時世、一流企業だから安心なんておかしいです。それより腕一本で20年やってきた人のほうが信用できます!」なんて言ってくれる。
いや「こっちのほうが」ということはまったくないんだけどね、じっさいは。

で、再審査。
通りました。
不動産屋さんのお兄ちゃん、頑張ってくれました。

で、思った通りに「妻子がここがいいと思った場所がいい」というぼくの希望が叶って、引っ越しとなりました。

その際、新しく入れる家具とかも「これがいい」にこだわっていたら、いつまでたっても食卓の照明が設置できない状態だった。
というのも「これがいい」という照明が妻子には決まっていて、それがちょっとお高いものだったから。
でも、食卓、というのは家の中心みたいなものだから、ここで「これでいい」というものにはしたくない。
「これがいい」というのがはっきり決まっているのなら、それにすべきなのだ。
というわけで、ネットで「それ」を探して、安くしているところをずっと探してて、ようやく「この値段なら」というところがあって、注文したら「在庫切れ。再入荷未定。それでも待ちますか?」と言われる。
待ちますとも! もう「これがいい」と決めちゃってるんだからさ。

で、この間、ようやくその照明が届き、引っ越してから二ヶ月たって、ようやく食卓に照明が灯ったのでした。
うれしい。
待った甲斐がある、優しい光が、食卓にいま、灯っております。


それが、この照明。