フロスト×ニクソン

久しぶりに「揺れるまなざし」を見せていただきました。

揺れるまなざし、というのはおそらくフランク・ランジェラという役者さんだけが意識的に行うことの出来る「演技」です。
最初にこれを観たのは彼が若かりし頃に主演した『ドラキュラ』でした。
ホラーではなく、ラブストーリーとして作られた映画ですね。
これで、ドラキュラが愛する女性の首の牙を立てようとして近づいて行くとき、その瞳が小刻みに左右に震えている、という演技をして見せたのでした。
これ、出来そうで簡単にはできません。目の焦点を素早く左右に移動させ続けるわけですから。
それで、当時、とんでもない身体能力を持った役者さんがいたものだ、と驚いたり感心したりしていたのでした。
あの揺れるまなざしには、愛を知ったドラキュラの自身への恐れと生き血への渇望があふれていて、あの目だけで、忘れられない一本、となった映画でもあったのでした。

以降、ランジェラさんはあの瞳はあまり見せてくれなかったのですが、今回、追い詰められたニクソン、というこの映画の土壇場に来て、それをやってみせるのです。
崩れて行く自尊心とほころんで行く虚勢のほつれからのぞいてしまう、人間としての脆さ。
そんな心の揺れが、その「目の演技」に集約されるのであります。

もしかしたら、ロン・ハワード監督が「あのドラキュラの目でここはお願いします」とリクエストしたのかも、なんて空想を楽しみながら、静かにきっちりと映画としてのボルテージを上げて行くこの映画を堪能いたしました。

ロン・ハワード監督、本当にそつなく手堅い演出を見せてくれます。ありがたいことです。
こういう監督が日本にもいればいいのになあ。どんな題材でも軽々と水準を超えた映画にしてしまう腕前を持った職人さん。